礼文島旅館かもめ荘の虚像masanobuのブログ

島における母と姉と私の葛藤の日々を書いたブログです。母が亡くなり姉との2人の暮らしの後札幌に出てくるまでの経緯とその後の姉との関係を書いたブログです。

礼文島旅館かもめ荘の真実5

母に捧げる

息子の母への思い 


  5.母はその後も朝の3時から夜遅くまで働きました。😆🧓🚶🕝🕙

 

  

 90過ぎてからだんだんと弱ってきているのが目に見えて分かるようになってきました。😵🙍🧓😵‍💫


 

 心臓と内臓等10種類以上の薬を飲んでいて病院にも5から6月に1回行くようになりほとんど自分が薬を取りに行くことが増えてきました。💊🏥🚙🤷

 







 


 

 


 特に足、腰が弱リ杖をついて働いていましたがトイレなど等に行った時に転ぶことが増えてきました。😵🦯🦾🚽

 

 

 相変わらず姉は冬の間はパチンコざんまいで自分たちの食事は母が作っていました。😥🍛🧓😮‍💨


 

 母が生きている間は私と母のために食事を作ってくれたことは一度もありません。😵👱🍛🙅


 

 











 それどころか私に対して「私は仲居でも何でも働けるがあんたはどこに行っても働けない」と言って私に罵声を浴びせました。😡👱🤷🥵

 



 しかし 最初に旅館をやらせてくれと頭を下げて頼み込んだのは姉本人でありその借金を返さないままそういうことを言うのはあまりにも無責任だと思います。😡👱☹️🥵

 

 

 












 あなたが借金をして家を建て替えたために母が96まで杖をつきながら朝から晩まで働くはめになったのです。😵🧓🕝🕙

 


 そういうことを言うのなら最初から仲居でも何でもして働きに行っていたら母はこんな苦労をしなかったと思うと腹が立ってしょうがありません。😡🤬😈


 






 




 


 ただ姉の見栄と外面のためだけにこのような目にあって可哀想でなりません。😢🧓🤣

 

 

 今となっては多分姉本人も何のために旅館をして働いているのかわからないと思います。😔👱😮‍💨🤔


 

 母は夜のトイレに何度も行くため大変なのでベッドを買いました。🧓🚽🛌

 

 

 














 また病院に通うのも大変なので亡くなる(7年前)年の4月から病院の先生が 往診してくれるようになりました。😌🏥🚙🙆




 往診が始まり4月と5月はベッドに寝ていることが多いですが食事はよく食べて(ほとんどコンビニ等の食事)先生が来る日は折りたたみ式のベッドをたたみ起きて待っているようで先生も他の同年齢の人に比べたら元気だと言っていました。😄🧓🚶🤗


 

 

 











 6月も夏の忙しい時期ですが起きてトイレに行くの さえ大変な状態で手伝いができず姉と手伝いの人で母の仕事をしていました。😌👱💇🧓

 

 

 

 姉は「朝の料理は前の日にある程度作って朝は母のように3時頃起きなくても大丈夫」と嘘吹いていましたが4時頃には起きていました。😆🕓👱😯

 

 

 

 












 母の場合起きて薬を飲んで支度するのに30から40分かかると言っていたので台所の方に行くのは4時近くになるので 同じような時間になると思います。😆🧓💊🕓😯




 また母は魚の煮付け、お造り(刺身)等のメイン料理の他 味噌汁、ご飯炊きをしており20人ほどの水の入った鍋のあげおろしとやかん、調理器具等を上の棚から取るのが大変だと言っていました。😆🧓🥵


 

 












 私を呼びたいようですが姉と手伝いの人の手前呼ぶの躊躇していたみたいです。😖🧓🤷🥴

 

 

 どうしようもない時は呼びに来ましたが他の人は知らんぷりしている感じです。😖🧓🤷🙂‍↔️


 

 なぜ味噌汁など 誰でもできる仕事を96になる母にさせ知らんぷりしているのかなぜそんな仕事まで母にさせるのか姉及び手伝いの人の心境が分かりません。😡👱💇🤔


 






 




 母は6月に入るとトイレに行くのが大変になり夜何度もトイレに行くため紙おむつをするようになりました。🧓🚽🚶😯

 

 

 6月の中頃先生の往診があった時は折りたたみ式のベッドをたたみ起きてソファーに座り元気に応対し先生も「大丈夫ですね」と言って帰って行きました。😌🏥🚙🙂


 

 それから1週間後ぐらいの時ちょっと様子がおかしいので体温を測ってみると38.2°cありました。😆🧓🥵


 

 












 またよく見ると顔がむくんでいるようです。😆🧓🧐😯




 自分は大変に思い救急車を呼ぼうとしましたがそこにいた姉は世間体がどうのこうのといいむくみは目から来ているといい目を洗う薬を買ってきて目を洗っていましたが母はその手を払いのけ自分でやると言って自分でしていました。😆💊👱🥵

 

 

 













 そのせいかどうか分かりませんが熱も下がり むくみも消えたようです。😌🧓🥹

 

 

 それから姉はとんでもない行動に出ます。😆👱🥴

 

 

 その日から母は起き上がるのも大変で紙おむつもうまくはかせられない状態です。😆🧓🤷🥵

 

 







 




 

 というのは母は太っており重たくて紙おむつも最も大きいものですが母には小さく自分一人ではうまく履かせられない状態でした。😆🧓🙅🤷

 

 

 また1か月ほど前まだ母が杖をついて歩ける状態の時に姉は福祉協会の方に申し込みをしていました。😄😆👱😯

 

 

 来た福祉協会の人たちは母の様子を見て後に介護1級の最低レベルの通知が来ました。😆🧓😯

 


 











 1日体験で風呂等の介護を受ける予定でした。😄🧓🛀🥹

 



 福祉協会に無理やり車椅子と人を1人出すように頼み手伝いの人とその旦那とで母を運んで病院に連れて行くとのことです。😡🧓🚗🏥


 

 自分はこいつ(姉)はバカだと思いました。😝👱🥴🤷

 

 

 













 こんな 動けない状態で重たい母をどうやって車椅子で運ぶのかしかも普通の車で信じられません。😝🧓🚙🤔

 



 みんな(手伝いの二人)がどこも悪くないのに救急車を呼ぶのは良くないと言うとまた世間体を気にしています。😠👱😯🤔




 他の人は母の何をしっているのですか?どこも悪くないと本当に言ったのですか?信じられません。😂🧓🤷🥵

 

 

 












 96歳で10種類以上の薬を飲んでいる人のどこが何も悪くないのでしょうか?それを鵜呑みにする姉も母の何を見ているのでしょうか? 不思議でなりません。😂💊👱⁉️


 

 熱が出てから母の状態は日に日に悪くなり自分は勝手に救急車を呼ぼうと何度も思いましたが夏の忙しい時期で多くのお客もおり電話しませんでした。😖☎️🙅🥴


 






 




 

 

 来週の月曜日にみんなで母を病院に連れて行くという金曜日の夜に姉と私は紙おむつの取り替えを2人でしていましたが母が起き上がれないためにうまく履かせられませんでした。😂🧓👱🤷




 母は起き上がれないので寝たまま食事(コンビニのおにぎり)をしていて腹が空いいるてようで魚のように口をパクパクさせていました。😂🧓𓆛🥴

 

 

 

 












 その姿を見るとなぜ子供のために一生懸命に働いてきたのになぜこのような目に遭わなければいけないのか情けなくて涙が出てきました。😅🧓👱🤣


 

 すると姉は夜の6時の食事の時間になり布団敷きはいいから「あんた見てななさい」と吐き捨てて出て行きました。😵👱👋

 








 




 すると手伝いの人が来て布団を敷くようにいい「あんた何考えてるの」と罵声を浴びされました。😵💇🤷🥵


 

 姉は知らんぷりしています。😵👱🙂‍↔️

 

 

 布団敷きが終わり部屋に戻ると記憶はあやふやですが母は寝ていたような気がします。😊🧓🥹🙂


 

 











 安心した覚えがあります。😃🥹🙂




 次の日(土曜日)の午前中様子がおかしいので体温を測ると38.8°cありました。😵🧓🥵




 は姉は大変だといい救急車を呼ぶように言いましがなぜ前の時は救急車を呼ばなかったのか38.2°cと38.8度 C の違いが何なのか私には分かりません。😆👱🚑🤔


 

 











 少なくとも38.2°cの時に呼んでいれば多少なりとも 後の結果も変わっていたように思い残念でなりません。😅🚑👌⁉️

 

 

 6.に続く😆😝🧓👱🤷🥴





礼文島の旅館かもめ荘の話です。

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